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近代日本における、女性初の国家資格を持った医師、荻野吟子(1851~1913年)と言えば、隣の せたな町 にて診療所を開業し、「日本初の女医」として活躍したということで既に有名な話にはなっていますが、1896年(明治29年)には短期間ではありますが、今金町 の神丘地区(インマヌエルの地=ヘブライ語で「神はわれらとともに」という意味)にて、13才年下で2人目の夫、志方之善(しかた ゆきよし)と同居し、今金町の開拓にも従事したとされています。
埼玉県熊谷市で生まれ、1人目の夫とは感染させられた性病(淋病)が原因で離婚し、その治療の際、医師が男性医師のみだったことから屈辱的な治療を受け、「同性に同じ思いをさせてはならない」という思いの下、”女性が医師になることが認められていないような時代”に、何度も埼玉県や当時の内務省あてに女医開業試験入試手続を認めるよう請願書を提出し、結果、1884(明治17)年、医術開業試験規則が改正され女性の受験が可能となり、やっとの思いで医師になったとされています。
荻野吟子の出身地でもある、埼玉県熊谷市の「道の駅めぬま」には、約400種2000株のバラ園の中に”日本初の女医”を称える銅像があり、近くには、生家の長屋門を模した「荻野吟子記念館」があり、展示室には荻野吟子女史の生涯を時代に合わせて説明した年表や資料が展示されています。
筆:Odajima
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